スローフード岩手からのたより

投稿日 2013年10月20日

11月9日、スローフード岩手が協賛する「岩泉短角牛といわて晩秋の恵みを味わう会」が銀座で開かれます。この会は、スローフードのArk(味の箱舟)に2005年11月にリストアップされた『日本短角種』の牛肉と『安家(あっか)地大根』、地元の豆類などを、フランス料理で味わう貴重な機会です。都合がつく方はぜひご参加ください。

日時:11月9日(土)午後12時30分~午後3時
会場:銀座“kansei” 銀座5-6-13西銀座ビル3F TEL03-3573-7521
        http://ginzakansei.com/
会費:6,000円(20名限定)
申し込み:info@iwate-food.com いわてフーディング・ラボ
参照→20131109銀座kansei

スローフード岩手の事務局がある岩泉町はいま紅葉の盛りを迎え、安家大根も収穫期を迎えています(↑写真上右、TV取材中)。でも、松茸や山葡萄など自然の恵みはそろそろ終わり、初霜・初雪の声を聞く今月末には、短角牛たちも里の牛舎に帰ってきます。観光客の賑わいはなくなりますが、もうすぐ空気が澄んで満点の星空の輝く、静かで温かい季節がやってきます。
東日本大震災の津波被害を受けた小本地区では、集団移転予定地の整地が終わったくらいで、住宅の再建は来年春以降になるそうです(↑写真上左)。町中心部には災害公営住宅ができ、数世帯が入居しました。

サローネ・デル・グスト&テッラ・マードレ2012 速報!!

投稿日 2012年10月25日

イタリア・トリノ市で、10月24日午後7時から、サローネ・デル・グスト&テッラ・マードレ2012の開会式が行われました。会場は、日本の建築家・磯崎新が2006年の冬季オリンピックのために設計した屋内競技場。世界約150ヵ国のメンバーやトリノ市民など約7,000人が集まりました。

1996年から2年に一回開かれてきたサローネ・デル・グスト(味覚の集まり)は、今年で9回目を迎えるヨーロッパ最大の“食”のイベントです。そのサローネ・デル・グストに2004年から加わったのが、世界中の生産者・調理人などが集まる“食”に関する国際会議テッラ・マードレ(母なる大地)。スローフードインターナショナルが開くこの催しは、いまやトリノ市やピエモンテ州をあげての行事になっています。

このサローネ・デル・グスト&テッラ・マードレの開会式で、スローフード福島のリーダー・須藤陽子さんがスピーチを行いました。スピーチは「大地」「種」「水」「生物多様性」など6つのキーワードをテーマに各国の代表が行い、「エネルギー」というキーワードで須藤さんが訴えたのは、原発災害に被災した福島県の現状と脱原発です。水を打ったような会場からはときおり静かな拍手が起こり、参加者は福島からの生の声に耳を傾けました。このスピーチは、スローフードジャパンからの提案ではなく、今年3月来日したスローフードインターナショナルのパオロ・クローチェ事務局長に、日本のメンバーの一人が被災した須藤さんのトリノへの招待を個人的に求め、実現したのでした。

福島市内で有機農業をしていた須藤さんは、去年の原発災害によりそれまでの農業を断念せざるをえませんでした。一年間悩んだ末、須藤さんが選んだのは、地元福島で農業を続けることです。須藤さんは、今年の春、市内西部の比較的放射能汚染が低い地域に農地を借り、大豆を作っています。

 

開会式は、各国代表のスピーチや、ゲストのFAO(国連食糧農業機関)の代表のスピーチのほか、1997年にノーベル文学賞を受賞した劇作家ダリオ・フォーによる一人芝居、音楽家ロイ・パーチェがこの日のために結成したバンド「テッラ・マードレ・オーケストラ」による演奏など、同時通訳を聞けなくても楽しめる工夫もありました。

2年に一回開かれるこのイベントは、スローフード運動の国際性とネットワークを象徴する行事です。最後に挨拶に立ったペトリーニ会長は、スローフードは食に関わるきわめて本質的かつ“政治的”な運動だと断言しました。ペトリーニ会長が言う“政治”性をどう実現してゆくのか、日本のスローフード運動は問われています。サローネ・デル・グスト&テッラ・マードレ2012のテーマは、『“食”の権利』です。

スローフードでつながる⑤ 7月19日
東日本大震災を経て

投稿日 2012年07月29日

じつは、スローフードベルリンが日本を訪れる構想は2年前からありました。しかし、連絡取り合いながら計画を考えていた去年3月、東日本大震災が起きたのです。そのとき、ベルリンのメンバーは、スローフードジャパン東京/神奈川ブロックがいち早く掲げた<顔の見える相手への直接支援>の呼びかけに応え、多額の支援金と寄せ書きのノートを、スローフード気仙沼に送ってくださいました……。

この日の東京は、朝からカンカン照り。スローフードベルリン・2日目の東京は、強い日差しのなかの山手散歩でした。
メンバーは、まず、子供連れで賑わう池袋の『サンシャイン水族館』で涼をとり、隣接する『池袋餃子ミュージアム』でお腹を満たしました。餃子ミュージアムは玩具・ゲームメーカーのバンダイが運営する食のテーマパークです。全国の餃子有名店が出店していますが、外国人観光客が訪れることはまずありません。キャラクター商品のショップがあり女子高生などで賑わう、1950~60年代の日本の横町を再現した館内をみて、メンバーの一人は「クレイジー!」と驚きました。でも、それも日本の文化のひとつです。一行はビールケースのテーブルを並べたフードコートでビールを傾けながら、日本のB級グルメを味わいました。
あまり知られていませんが、池袋の超高層ビル『サンシャインシティ』の近くには、都内に残った路面電車『都営荒川線』の停留所があります。その路面電車に短区間乗り、ベルリンのメンバーは地下鉄で明治神宮に向かいました。一行が驚いたのは、都心に残った自然林を思わす鬱蒼とした森が、約100年前に人の手で植林され、それ以来管理されていることでした。明治神宮の森には、日本が培った自然への知恵が反映されています。そして、外国人にとってはもうひとつの驚異、JR渋谷駅前のスクランブル交差点を渡って、スローフードジャパン東京/神奈川ブロックの歓迎会が開かれる代官山のカフェレストラン『山羊に、聞く?』へ向かいました。

東京/神奈川ブロックによるスローフードベルリンの歓迎会は、日本のなかの異“食”文化・沖縄料理のメニューで開かれました。じつは、ドイツには山羊料理を食べる伝統があり、スローフードベルリンの活動はその農場にも及んでいます。
(参照→http://www.slowfood-suginami.com/forum/foods/2010/10/1142/
沖縄にも、日本で唯一山羊料理の伝統があります。ベルリンのメンバーは、長期滞在で日本料理にも飽きてきた頃でしょうから、歓迎会でその沖縄料理を味わっていただきました。スローフード沖縄・奄美(田崎聡会長)が提供してくださったのは、山羊の生肉7㎏・泡盛の一升瓶6本のほか、新鮮な海ぶどう・シークワンサーなどです。スローフード沖縄・奄美の全面協力がなければ、この歓迎会は実現しませんでした。東京/神奈川ブロックは、つねにブロック外の支部(コンビビウム)と連携しています。
参加者が30人近くに及んだ歓迎会には、東京/神奈川ブロックを構成する8支部のうち、スローフード東京・すぎなみTOKYO・銀座・TokyoBay・よこはま・秦野の6つの支部のメンバーに加え、スローフード気仙沼の菅原昭彦理事長が地元で復興のシンボルとなった日本酒『蒼天伝』を持って駆けつけ、スローフード福島の遊佐勇人事務局長も参加してくださいました。
じつは、東日本大震災のとき東京/神奈川ブロックの呼びかけに応え、ベルリンでスローフード気仙沼を支援するためのチャリティー・ビュッフェを計画したのは、今回日本を訪れたUrlich Greiner(ウルリヒ・グライナー)さんと、Thomas Marek(トーマス・マレック)さんでした。
(参照→http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/03/1361/
(参照→http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/04/1489/
この日、ウルリヒさんとトーマスさんは気仙沼の菅原さんに会場で対面し、東京/神奈川ブロックが呼びかけた<顔の見える相手への直接支援>がひとつの実を結びました。<顔が見える相手への直接支援>とは、スローフードのメンバーがつながり、笑顔で語りあうための呼びかけだったのです。東日本大震災の被災地の支部を応援した海外のメンバーが、日本でその被災地のメンバーに会うのは初めてでした。それは、スローフードが生んだかけがいのない、そして言葉だけではない<きずな>です。
沖縄の三線(さんしん)奏者・東風平高根(こちひらたかね)さんが島唄を奏でると、そこはもう沖縄です。ウルリヒさんもトーマスさんも、ベルリンのメンバーはみんな入り乱れてカチャーシ(祝い舞い)の手をかざします。そして、アッという間に閉店の時間を迎えてしまいました。
スローフードジャパン東京/神奈川ブロックは、今後もスローフード気仙沼とスローフード福島を継続的に支援してゆく計画です。
東日本大震災に被災した人々は、歴史が昨日からつながる今日であるように、いまも東日本大震災を生きています。

スローフードでつながる① 7月15日

投稿日 2012年07月16日

スローフードベルリンのメンバー12人が、日本に来ています。スローフードベルリンは、昨年の東日本大震災で東京/神奈川ブロックがいち早く発した緊急メッセージに応え、支援のチャリティービュフェを開き、スローフード気仙沼を直接支援しました。その支援への感謝の気持ちを込めて、スローフード秦野やスローフードすぎなみTOKYO含むスローフードジャパン・東京/神奈川ブロックは、彼らの旅をアテンドします。

 

今日(15日)の午後、関西方面での日程を終えて神奈川県秦野市に到着したベルリンのメンバーは、「ほおずき市」を開催中の出雲大社相模分祠に向かいました。この神社の宮司さんは、スローフード秦野の会員です。ベルリンの一行は社務所会館で抹茶を味わい、和服の着付けを体験し、本殿を参拝しました。彼らにとってはいずれも初体験。コンビビウム参加者の協力による、スローフード秦野ならではの歓迎のしかたです。

夕食は山の中の蕎麦屋、「石荘(いししょう)庵」。主人の石井貞夫さんも、スローフード秦野の参加者です。石井さんは、東日本大震災のときに福島県の避難所で蕎麦を打って被災者を支援しました。ベルリンのメンバーは、その石井さんの指導で蕎麦を打ちます。もちろん、プロとアマチュアでは出来映えはまったく違いますが、その違いもまた楽しみのひとつです。蕎麦だけではなく、相模湾産の新鮮な魚のカルパッチョや貝やエビのバーベキューなどにも舌鼓をうてば、まさに食べ物は人と人をつなぎます。そして、オカリナやアコーディオンの演奏、ベルリンのメンバーによる合唱などなども涌き上がり、そこにはたんに<交流>という言葉では語れないひとときがありました。

東日本大震災 支援⑭
高円寺・被災地応援マルシェ vol.4

投稿日 2012年05月03日

あの日から、二度目の春が巡ってきました。私たちは東日本大震災の被災地を継続的に支援するため、毎年杉並区高円寺の10の商店街が連携して開く『高円寺びっくり大道芸』の会場を借り、今年も4月28日と29日にJR高円寺駅南口広場で応援マルシェ(市場)を開きました。

数年前に生まれたバイコット(BUYCOTT)という言葉は、ボイコット(BOYCOTT)とは正反対に消費者が商品を買ってその生産者を支える運動を意味します。生産は消費がなければ成り立ちません。大量生産・大量消費によって問われるのは、消費者の意識の在り方です。良い食材・食品を作る小生産者を守ろうとするスローフード運動は、その方針のなかにバイコットの考え方を強く持っています。私たちが行う被災地応援マルシェは、被災地の生産者の方々の商品の購入し、困難な状況で生産を続けようとする人たちの僅かながらも力になりたいと願う、バイコットのひとつです。

汗ばむほどの晴天に、出店してくださったのは岩手県大槌町のエルマーノ洋菓子店、味噌・醤油の醸造元・岩手県陸前高田町の八木澤商店、私たちが毎月勉強会を開く「六本木農園」関連の生産者、福島県いわき市出身の女将がいる中野区野方の居酒屋「もじよ」など。私たちはスローフード気仙沼の男山本店のお酒、スローフード福島の人気酒造のお酒、斉藤さんのキュウリ、丹野さんの味噌などを直接販売しました。そして、東京農大の学生たちが声をからして通行人に呼びかけてくれた結果、売れゆきは好調。ほぼ完売でした。                       東日本大震災から一年過ぎた春、互いに支え合うバイコットを通して新たな絆が生まれつつあります。

東日本大震災 支援⑬
スローフード新宿応援団からのたより

投稿日 2012年03月15日

あの日から1年たった3月11日、
スローフード新宿応援団は岩手県岩泉町のハム工房「モーとんふぁみりー」http://www.protoscience.co.jp/iwashin/mooton/と一緒に、東日本大震災のメモリアル<イーティング>を新宿・四谷地域センターで行いました。

この日使われた食材は、スローフードの「ARK(味の箱船)」にリストアップされている岩泉町の日本短角牛。岩泉町では放牧されていた牛の一部から、福島原発災害により基準値以下ですが放射性物質セシウムが検出されました(60ベクレル/1㎏。政府の基準値は4月から100ベクレル/1㎏)。健康には影響ないとされるその肉の料理を食べながら、原発災害が酪農に与えた影響と、被災者の方の話を聞こうという<イーティング>でした。
(↑上左・コールドビーフ 上右・ココット 下左・ビーフシチュー 下右・ハンバーグ)

参加者は、大人31人子供6人。子供や授乳中の母親にはセシウムフリーの食材が用意されました。調理は、仙台のイタリアンレストラン「アルフィオーレ」のシェフ目黒浩敬さんhttp://www.jiyujin.co.jp/organic/page/?page_id=alfiore とモーとんふぁみりーの畠山幸誠さんが担当。目黒さんは自家菜園で店に出す野菜を作り、ハムやパンチェッタなども自分で作っています。「完璧に安全な食材を追求してゆくと、地元の農業や漁業を潰す事になりかねません。厳しい選択ですが、岩泉の短角牛を守るために、今日はこの肉を使います」と、目黒さん。

岩泉町の隣・宮古市の畠山さんは津波で家族と住んでいた自宅と働いていたレストランを失い、いまは仮設住宅に住みながらモーとんふぁみりーに通っています。ときおりメモに目を落としながら、被災したときの状況を語る畠山さん。そこには、テレビのインタビューとは異なり、直接話を聞かなければわからない言葉の重さがありました。その重さが、参加者一人一人の胸に迫ります。「高台への坂道を走って登ったとき、振り返るとそこは海でした」 畠山さんの話が終わったのは、偶然にもあの午後2時46分。
参加者全員で、犠牲者への黙祷を捧げました。

モーとんふぁみりーの<工場長>こと穴田光宏さんは、「普通は、牛肉からセシウムが検出されても、基準値以下であれば数値を記さずに販売されます。でも、ぼくは事実を知ってもらった上で、うちの商品を買って欲しいんです。それが、生産者の支援につながります」 モーとんふぁみりーが販売するビーフジャーキーには、検出された放射線量が記されています。

この<イーティング>に参加したコラムニストの松沢呉一さんは、こう語ります。「東京にも蛇がたくさんいて、この建物の裏にもいます。でも、気がつかないのです。人間には、嫌な物を見ないで済ませる能力があり、蛇を見たくない人は自分で見えないようにしているのです。放射能も同じで我々には見えませんが、それをいいことに、我々が放射能に汚染されている現実を見ないで済ませようとする人たちがいるのです」
スローフードは、原発災害に「観て見ぬ振り」はできません。
私たちは、お皿の外を見るのですから……。

(注:スローフード新宿応援団はスローフードのサポート組織で、スローフードジャパンに加盟する支部ではありません)

東日本大震災 支援⑫ドキュメンタリー映画『二つの悲劇 ─東日本大震災とスローフード運動』 を東京で上映!!

投稿日 2012年02月23日

スローフードすぎなみTOKYOのメンバーが制作した東日本大震災と日本のスローフード各支部の対応を描く短編ドキュメンタリー映画が、3月10日(土曜日)に東京・信濃町で上映されます。(参照→Yidff2011

この映画『二つの悲劇 ─東日本大震災とスローフード運動』の英語版は、昨年6月11日にモロッコのラバトで開かれたスローフードインターナショナルの国際会議で上映されました。日本語版は「山形国際ドキュメンタリー映画祭2011」で応募作品約1,800本のなかから選ばれた一本に入り、昨年10月7日山形市で上映されました。また、今年1月13、14日には、阪神・淡路大震災の被災地神戸でも上映されています。今回の東京での上映は、山形国際ドキュメンタリー映画祭の震災復興支援プロジェクトのひとつとして、東日本大震災をモチーフとした他の18作品とともに下記のように上映され、今後も国内各地で上映される計画です。ぜひご覧ください。

(*なお、この作品の映像使用料は原発災害に被災したスローフード福島に全額寄付されます)

日時:3月10日(土曜日)午後2時35分から
   (*『東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20』と併映)
料金:¥800円
会場:信濃町・「外苑キャンパス」(京都造形大学/東北芸術工科大学)

http://www.tuad.ac.jp/declaration/accessmap/tokyosatellite/
TEL:03-5412-6101
↓この映画に登場するスローフードのメンバー

 

東日本大震災 支援⑪
高円寺・被災地応援マルシェ(市場) vol.3

投稿日 2012年02月23日

2月18日、スローフードすぎなみTOKYOは高円寺で開かれた「第2回高円寺演芸まつり」で、東日本大震災に被災した宮城県気仙沼市「男山本店」と福島県二本松市「人気酒造」の酒を売りました。

「男山本店」は津波で港に面した事務所が全壊し(参照→http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/03/1361/)、「人気酒造」は地震による地割れのため蔵の場所を移転せざるをえませんでした。この日用意した酒は焼酎・リキュールなどを含め全部で60本。北風が冷たく東京ではとくに寒さを感じる日でしたが、その60本全部を完売しました。御協力、ありがとうございました。

東日本大震災 支援⑩
スローフード と 震災 と 「絆」

投稿日 2012年02月08日

日本を文字通り震撼させたあの日から、もうすぐ一年がたとうとしています。          この一年間、私たちスローフードすぎなみTOKYOそして私たちと交流のあるスローフードの支部(コンビビウム)は、 東日本大震災と原発災害にどのように向き合ったのかを、まとめました。                               私たちは何をして、何をしなかったのか……。                       スローフードの「絆」はあったのか……。                          被災しなかった私たちの次の一歩は、その問いを心に刻んで始まります。

緊急アッピール!! 東日本大震災  がんばれ!! スローフード気仙沼         http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/03/1361/

東日本大震災 支援① スローフード秦野からのたより               避難所で、蕎麦打ち                                                                           http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/04/1471/

東日本大震災 支援② チャリティー in 「座の市」                  風評被害を受けた 福島県産キュウリの販売        http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/04/1659/

東日本大震災 支援③ スローフードベルリンからのたより            日本食のチャリティービュッフェ                  http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/04/1489/

東日本大震災 支援④ スローフード沖縄・奄美からのたより           福島原発の被災者など、15家族受け入れ                                        http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/04/1744/

東日本大震災 支援⑤ 高円寺・被災地応援マルシェ(市場)           完売 続出!                           http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/05/1844/

東日本大震災 支援⑥ スローフード気仙沼への支援金              合計940,997円を、手渡す                                                             http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/05/1921/

補足説明:東北被災地取材DVDの上映              http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/07/2032/

スローフード福島からのたより 『福島の現状を語る会』開催http://www.slowfood-suginami.com/news/2011/08/2094/

東日本大震災 支援⑦ 2011年大晦日 私たちは、忘れません!!        歴史に刻まれた年から、新たな歩みへ                                                        http://www.slowfood-suginami.com/news/2011/12/2138/

東日本大震災 支援⑧ 宮城県・長面(ながつら)浦の焼きハゼ          仙台の雑煮に欠かせない 伝統食材が危機に                                   http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2012/01/2236/

東日本大震災 支援⑨ 気仙沼・冬                           スローフード気仙沼のみなさん、元気をありがとう……                          http://www.slowfood-suginami.com/forum/agri/2012/01/2309/

スローフード秦野からのたより

投稿日 2012年02月02日

私たちが活動する神奈川県秦野市周辺は、明治時代に日本で初めて落花生が栽培された地域です。いまでは落花生の主な生産地は千葉県に移りましたが、かつて秦野では落花生を大豆の代わりに使った味噌が造られていました。私たちはその落花生味噌を復活させる活動を行っています。
1月29日、メンバーなど20人近くが集まり、昨年2月に仕込んだ落花生味噌の完成・試食会を開きました。一年間寝かせて熟成させた落花生味噌は、昔風なので少し塩辛いものの大豆の味噌にはない濃厚な味がします。この落花生味噌を使いディップやドレッシングなどのほか、市内菩提の「ラーメン福福」さんに味噌ラーメンを作っていただきました。
その食卓を囲んで、秦野の特産物や今年の味噌造りなどの話をするうちに、この落花生味噌で何か東日本大震災の被災地へのお手伝いができなか、という提案が出ました。そこで、私たちスローフード秦野は「ラーメン福福」さんとのコラボレーションでその落花生味噌ラーメンを販売していただき、売り上げの一部を被災地のコンビビウムの支援に使わせていただく事になりました。落花生味噌ラーメンは2月中旬から、「ラーメン福福」さんhttp://rp.gnavi.co.jp/5914554/で味わえます。(¥600円・落花生味噌がなくなったら終了します)

秦野の特産物・落花生をこれからもよろしくお願いします。

<落花生味噌のディップ>

○材料
落花生味噌、マヨネーズ、ピーナツバター(甘くない物)
○作り方
上記3つの食材を合わせ、泡立て器でかき混ぜながら酒(或いはブランデー)を少量加え、味を調える(砕いた落花生を加えても良い)

 

東日本大震災 支援⑨  気仙沼・冬

投稿日 2012年01月27日

<あの日>から10ヶ月経た気仙沼を、再び訪れました。そこで見たのは、5月に訪れたときと同じく、私たちの想像を超えた自然の力の凄ましさです。瓦礫の撤去が進む被災地域は広大な荒野となり、たとえそこに再び街が出現しても、以前の営みが刻まれるのは記憶のなかだけかもしれません。しかし、その荒野には自分たちの暮らしを取り戻すだけではなく、新たに作り出そうとする方たちの熱き想いがありました。

東日本大震災の津波が気仙沼市にもたらした瓦礫は、約137万トン(新幹線「のぞみ」約19,000本[編成]に相当)。その約32パーセントが、撤去されました(気仙沼市1月14日発表)。瓦礫に埋もれていた場所の多くは、いま更地に近い状態になっています(→写真右)。しかし、市内には仮設のプレハブ家屋以外新築建築は見当たらず、再建は進んでいません。被災した土地の乱開発を防ぐために実施された建築制限が解除された地域でも、都市計画が決定していないので新たな建物を建築しづらいのです。気仙沼湾に面する市街地の一部は、70センチ以上の地盤沈下で海水が引きません。湾のいちばん奥・鹿折地区では、津波で海から約800メートルも打ち上げられた『第18共感丸』(330t)が、市の計画で震災の記録モニュメントにするため解体されず残されています(↓写真下大)。

スローフード気仙沼のメンバー小野寺靖忠さんは、津波で自宅と市内で経営するコーヒーショップを2軒を失いました(←写真左)。カフェラテが美味しいと評判だった小野寺さんの『アンカーコーヒー』は、コーヒー豆にこだわり自家焙煎をしていました。仕事でアメリカ西海岸を訪れる機会が多かった小野寺さんは、「豊かさには、選択肢の多さも重要です。生まれ育った気仙沼に新たなライフスタイルを提案したかった」と、2005年シアトルスタイルのコーヒーショップを開店しました。そして、昨年の3月11日、店舗が増え5軒になった頃、漁港近くの本店と少し離れた支店を津波に飲み込まれました。しかし、小野寺さんは2ヶ月後店を立て直すファンドを立ち上げます。そして、昨年暮れの12月23日、市内・田中前4丁目の仮設店舗で店を再開したのです(↓写真下)。                  再開した『アンカーコーヒー』には、                                             <この地より再び船出する、乗組員と共に、気仙沼と共に、海と共に>                                    と記すポスターが張り出されていました。

スローフード気仙沼の理事長・菅原さん。「私たちは東日本大震災で被害を受けたから、気仙沼の復興を語っているのではありません。私たちはこの地域の復興を、スローフードジャパンが発足する前から掲げていました。スローフードの支部を作ったのは、その考え方にたまたまスローフードの理念が合っていたからです。だから、漁業と関わりの深い気仙沼を活性化させるために、2004年にイタリアで開かれた<スローフィッシュ>にも参加しました。震災後のいま訴えることも、いちばん重要なのはスローフードが理念とする『人間の復興』です。いま、何か新しいことを訴えているのではないのです。私たちが望むことに意味付けし、広めるのがスローフードの役割だと思います」(→写真右上は、菅原さんの事務所。1,2階が津波に流され、3階部分だけそのまま落ちた)

スローフード気仙沼はスローフードすぎなみTOKYOとは異なり、飲食業に携わる事業者の方たちが多い支部(コンビビウム)です。スローフードの<おいしい、きれい、ただしい>というスローガンは、生産者や消費者だけに向けられているのではありません。飲食業に関わるすべての人たちに、「食」の在り方を問いかけています。漁業と海産物加工の町気仙沼では、復興の入り口と出口にスローフードがある、と菅原さんは言います。

2012年1月のある夜、仮設店舗の居酒屋で、スローフード気仙沼のメンバーと酒を飲み交わしました。皆さんは気仙沼の現実と復興を明るく、たくましく、熱く語ります。そして、その熱き想いが、私たちが被災地に持つ思い込みや誤解、独善を吹き飛ばすのです。私たちは気仙沼のメンバーに、元気をたくさんいただきました。
 

昨年の3月14日、大震災の発生にともない、スローフードジャパン・東京/神奈川ブロックはスローフード気仙沼を支援する緊急アッピールを発表しました。                       → http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/03/1361/                            そのアッピールに応えてくださった全国のコンビビウムやこのページの閲覧者の方々、とくに、チャリティイベントを開き支援金を送ってくださったスローフードベルリンの仲間に伝えます…。→ http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/04/1489/

              スローフード気仙沼は、元気です!!

 

東日本大震災 支援⑧
宮城県・長面(ながつら)浦の焼きハゼ

投稿日 2012年01月20日

東日本大震災は、私たちの味覚にも痕跡を残します。
仙台の雑煮に欠かせない焼きハゼで、もっとも伝統的な長面(ながつら)浦の焼きハゼが消えてしまうかもしれません。
それぞれの地域で、数少ない生産者によって受け継がれてきた食材・食品を残す活動は、スローフードが提唱する重要なテーマのひとつです。

<長面浦の焼きハゼ>は、2005年ほかの8品目とともに日本で初めてスローフードの「味の箱船(ARK)」に選ばれました。「味の箱船」とは、このままでは消えてしまう伝統的な食品・食材を、世界的なガイドラインに沿ってリストアップするスローフードの国際的なプロジェクトです。焼きハゼは松島湾などでも作られていますが、<長面浦の焼きハゼ>には焼いた後に煙で燻す古い製法が残されていました。また、その製法を代々受け継いできた事が評価され、「味の箱船」にリストアップされたのです。

(←長面地区の子供たちが通った大川小学校で。ここで、74人の児童が犠牲になった)

 

長面浦は北上川の河口に接する海水が出入りする湖で、周囲8キロほど。牡蠣の養殖やハゼ漁が行われていました。その湖に面した長面地区は津波のために漁港も含めたすべてが失われ、満潮のときは地震による地盤沈下で、住宅地のほとんどが海水に浸されます。震災前、約500人が住んでいた長面では、69人が亡くなり25人がいまも行方不明です。焼きハゼを作っていた榊照子さん(68)のお父さんの遺体が見つかったのは、9月17日でした。

追波(おっぱ)川河川運動公園の仮設住宅で、照子さんは語ります。「被災後は、長面浦には行きたくありませんでした。でも、6月に避難所からここへ移り、7月に船が瓦礫の中から見つかったので、せめて漁網だけでも注文しようと思いました。父の遺体が見つかったのは、9月です。スローフード宮城の方は、震災直後から何回も訪ねてきて、焼きハゼ作りの再開に協力を申し出てくださいました。長面浦では、ほかの魚はほとんど獲れなくなったのに、ハゼだけは獲れるんです。それで、もういちど作ってみようと決めたのは11月頃です」 照子さんは、12月に50連約600匹の焼きハゼを作りました。              (↑写真上 左・榊照子さんの家があった周辺。 写真上 右・潮が満ちてくると海面になる、と言う。→写真右 上・運動公園の仮設住宅。写真右 下・左側が照子さん。右側はお母さん)

しかし、スローフード宮城とスローフード仙台のメンバーが壊れた車庫を利用して作った、ハゼを焼くための仮作業場はもうすぐ取り壊されます(↓写真下)。次の作業場は、場所さえまだ決まっていません。また、岸壁も全壊したため、ハゼ漁に使う船はかろうじて残った堤防の片隅に係留されています(←写真左)。<長面浦の焼きハゼ>作りは、この冬なんとか再開できたものの、来シーズンの見通しは立っていないのが実情です。スローフード宮城とスローフード仙台では、<長面浦の焼きハゼ>復活募金を、下記のように行っています。

①募金額 / 一口¥3,000円(少額でも、何口でも結構です)
②振込先 / 杜の都信用金庫 本店営業部
口座名義: スローフード宮城
口座番号: 普通預金 1581336

 

<長面浦の焼きハゼ>がリストアップされている「味の箱船」は、スローフードが考える生物多様性につながっています。スローフードが考える生物多様性は、科学的な意味での多様性だけではなく文化としての多様性です。そして、味覚は文化の多様性を語る要素のひとつです。       <おいしい・きれい・ただしい>を掲げるスローフードの原点は、そこにあります。                <長面浦の焼きハゼ>が姿を消すとき、それは何を意味するのでしょうか……。 

 (↓かつての長面地区)

 

東日本大震災 支援⑦ 2011年大晦日
私たちは、忘れません!!

投稿日 2011年12月31日

(ページの更新が、本年8月以降止まっていたことをお詫びします)

今年、2011年は日本の歴史に深く刻まれた年でした。
歴史だけではなく、東日本大震災の被災者の方々をはじめ、多くの人々の心に深く刻まれた年でした。
私たちはそのなかから歩み始めます。

東日本大震災は、三つの顔を持っていました。ひとつは、巨大な地震・津波が生んだ自然災害の顔。二つめは、原子力発電所を設置した国の政策が生んだ人為的災害の顔。そして、三つめはそれらの災害により、私たちの生き方を問う顔です。二つの災害が私たちに教えたさまざまなことは、これからの日本の在り方を考えさせます。新たな社会を考えるうえで、スローフードが掲げる「食」の“おいしい・きれい・ただしい”という理念は欠かせません。そこには、生きる楽しさ、喜び、確かさが語られているからです。

スローフードの国内組織・スローフードジャパンには、日本内外から約127万円の支援金が寄せられました。これに国際本部からの負担金の免除(約165万円)を加えた300万円あまりの使い方が正式に決められたのは、震災から9ヶ月以上たった今月(12月)でした。支援金は、被災地のコンビビウム(支部)に分配され、また被災会員の会費免除に使われます。しかし、スローフードジャパン独自の被災支援プロジェクトや復興プランは、現在まで打ち出されていません。スローフードの活動は各コンビビウムによって支えられていますが、いまこそ国内組織としての、そして私たちの会費の約半額が納入されるスローフードジャパンが、リーダーシップを発揮するときです。被災地日本のスローフードが、世界のメンバーに向けて震災からの復興を宣言する日は来るのでしょうか?

私たちスローフードすぎなみTOKYOを含むスローフードジャパン・東京/神奈川ブロックは、東日本大大震災に際し「顔が見える相手を直接支援」するために、いち早くスローフード気仙沼の支援を決めました。そして、5月3日、全国各地のコンビビウム、スローフードベルリンなどから寄せられた約94万円の支援金を現地気仙沼で手渡しました。さらに、スローフードすぎなみTOKYOはおもに原発災害の影響を受ける生産者を支援するために、高円寺あずま通り商店街の協力により「被災地復興マルシェ」を4月と11月に開催し、それらの活動を記録した短編ドキュメンタリー映画『二つの悲劇 ─東日本大震災とスローフード運動』を製作しました。この作品は、6月にモロッコで開催されたスローフードインターナショナル国際理事会で、10月には山形国際ドキュメンタリー映画祭2011(写真左下)でそれぞれ上映され、来年(2012年)は映画を自主上映をする市民団体の被災支援プロジェクトとして全国各地で上映される予定です。

私たちは、被災地の支援とともに、これまでの活動も続けています。4・5・6・10・11・12月の第3土曜日には、高円寺の劇場「座・高円寺」のエントランス広場で「座の市」を開催しました。また、6月11日に行われた「親子で知ろう! ほんとうの味」はパエリアを取り上げ、13回目を迎えました。これは、毎年杉並区立第4小学校で行われている味覚教育で、スローフードすぎなみTOKYOの活動の中心のひとつです。さらに、この味覚教育の拡大版として6月25日、住民の過半数を外国人が占める新宿区大久保で、そこに住む外国人親子に日本語を教えるボランティアの方々と一緒に、日本の「食」を伝えるために<「課外授業・おにぎり弁当作り」>を行いました。私たちのメンバーに生産者の方は一人しかいません。しかし、私たちはともすればスローフードの理念とは正反対の場所だと考えられがちな都会の片隅で、地域に密着したスローフードの運動をしています。これらの活動は、来年も継続して行う予定です。(写真右上:「座の市」 写真右中:杉並第4小学校の「親子で見つけよう! ほんとうの味」 写真右下:「親子日本語教室・課外授業」おにぎり弁当作り)  

12月3日、スローフード長崎は「テッラ・マードレ in 雲仙」を長崎県雲仙市で開きました。来場者は、約1,000人。会場にスローフードが全国からリストアップした「味の箱船」(少生産者による伝統的な産物)の食材・食品が展示され、生産者や産地の小学生たちの発表・討論などが行われたました。テッラ・マードレとは、直訳すると「母なる大地」を意味する生産者の会議で、これからのスローフード運動の中心となる催しです。スローフードはいま、農業と真摯に向き合うすべての生産者に寄り添おうとしています。テッラ・マードレ in 雲仙では、日本のスローフード運動の再生へ向けて、生物多様性を踏まえで生産システムの転換を訴えるメッセージが、参加者によって宣言されました。→「にぎわいのある社会の実現を目指して」

来年(2012年)、スローフードは大きな転換期を迎えます。スローフード運動の創始者で、25年にわたって活動を牽引してきたカルロ・ペトリーニ会長が引退するのです。25年前、イタリアの小さな村ブラから始まったスローフード運動は、その創始者の引退によりこれまで築かれてきた人的パイプが変わり、各国の国内組織は今後独自の運動の展開を求められるでしょう。そのとき、私たちは日本のスローフード運動の目標として具体的に何を語れるのか・・・、日本のスローフードはその真価が問われます。

スローフードは、私たちの言葉です。 

12月18日、原発災害の被災地福島を訪れると、スローフード福島のメンバーが農地の放射能除染を試みるため、ときおり小雪が舞うなかで、孟宗竹を砕き「竹粉」を作っていました。

私たちは、被災地のコンビビウムの方々と共に歩みます。

 

スローフード福島からのたより

投稿日 2011年08月05日

 

スローフード福島は、8月27日(土曜日)、二本松市近郊で、下記のように<福島の現状を語る会>を開きます。
皆さんお誘い合わせのうえ、ご参加ください。

 
ご承知の通り、現在、福島の農業・経済は、原発被災により重大な被害を被っています。
この会は、スローフード福島のメンバーが集まり、<愛しいふるさと「福島」>を守る活動を考えよう、というものです。
そして、福島だけではなく他のコンビビウムのスローフードメンバーにも、自由に参加していただきたい、と思います。
スローフード福島のメンバーは、とにかく福島を訪れてほしい、原発被災に喘ぐ自分たちの声を聞いてほしい、と切に望んでいます。
皆さん、お誘い合わせのうえ、是非ご参加ください。
 

 日時:2011年8月27日(土曜日)

 会場:フォレストパークあだたらhttp://fpadatara.com/

*車以外の方は、12時10分、JR東北本線(在来線)本宮駅集合。

    本宮駅へは、東京駅10時08分発
                  ↓東北新幹線 つばさ243号
               郡山駅着11時30分
                                 郡山駅発11時56分
                                                     ↓東北本線 
                                      本宮駅着12時09分
                                      (本宮駅着12時55分にも対応)
 

 内容
14時 講演会
生産者によるパネルディスカッション
意見交換会
18時 懇親会

懇親会:会員4000円(一般4500円)(宿泊される方は+5000円)

 申込先:スローフード福島事務局
slowfood@ninki.co.jp
TEL:0243-23-2091
FAX:0243-23-2098 

締め切り:8月15日 

追記:

『福島の現状を語る会』には、スローフードすぎなみTOKYOから5名参加し、スローフード福島の生産者の方から話を聞きました。無農薬・有機で野菜を栽培していた会長の須藤陽子さんは、食の安全性にこだわるからこそ放射能汚染の恐れがある野菜は作れない、と言います。事務局長・「人気一酒造」の遊佐勇人さんは、地震の影響で酒蔵を移転せざるをえませんでした。メンバーの大半を福島県内陸部、通称「中通り」の方たちが占めるスローフード福島では原発から避難しなければならなかった人はいませんが、放射線の線量計を常に携帯している人もいます。滞留する放射能・生産の中止・価格の下落など、福島県の原発災害は甚大です。私たちはスローフードとして何ができるのか、大きな課題を突きつけられました。

7/30(土)スローフードのあつまりに佐藤栄佐久前福島県知事と須藤陽子さん参加

投稿日 2011年07月24日

スローフードジャパン理事会に合わせ、全国の理事が集結します。

18時からは懇親会「あつまり」を開催。

スローフードに関心のある方ならどなたでも参加できます。

 「あつまり」では、佐藤栄佐久前福島県知事のミニ講演会を準備しています。

佐藤栄佐久さんは県民の安全を優先して原発推進に待ったをかけた知事として有名でしたが、福島を愛し、福島の食についても造詣が深い方です。http://eisaku-sato.jp/blg/

また、スローフード福島リーダーの須藤陽子さんが、福島から参加されます。http://youkosudou.blog.ocn.ne.jp/

(福島市内のすどう農園・須藤陽子さんと連絡取れました~原発被害と生産農家(3/19)http://ameblo.jp/toshi-shun/entry-10834631338.html)

 無農薬・無化学肥料で畑づくりをされてきたのに、こんなことで畑を使えなくなってしまった無念さはいかばかりか、と思います。

 現地の話を聞きながら、スローフードとして何ができるのかを皆で検討したいと思います。

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 ■スローフードの「あつまり」

 日時:2011年7月30日(土) 18:00~20:30

 場所:水道橋グランドホテル(東京都文京区本郷1-33-2 03-3816-2101)

   http://www.hatago.co.jp/access.htm

 料金:料理はビュッフェ、飲み放題付 おひとり様 5,500円(予定)

定員:先着50名(7/27締め切り)

申し込み:info@slow.or.jp または、山本(070-5407-0141)まで

 (以下、福島が地元の石田さんによる、佐藤栄佐久氏についてのコメント)

…………

私はジャコモと一緒に郡山まで会いに行ったことがあります。福島の産品に非常に詳しく、ご自身でもよく研究されていました。

相馬に残っていた浅草海苔のリサーチや、消えかかっていた福島の天津桃を公園に植えさせたり、皇族が愛した福島のまくわうりを農家を巡って探したり、福島の地域種ではなくとも、かつて親しまれていた福島の味を探求されていました。(石田雅芳)

補足説明:東北被災地取材DVDの上映

投稿日 2011年07月15日

 

6月11日、モロッコの首都ラバトで開かれたスローフード・インターナショナルの国際会議の席上、ぼくが製作・監督した短編ドキュメンタリー作品(英語) が、スローフード・インターナショナル事務局によって、上映されました。

その上映の経緯について、補足説明します。

5月15日、スローフードジャパン副会長で会議に出席する、SFすぎなみ代表の佐々木さんにお会いしたとき、この作品の国際会議での上映を、インターナショナル事務局に申し入れるようにお願いしました。しかし、佐々木さんからは、「無理でしょう」との返答でした。また、同じく会議に出席するSF秋田の会長でスローフードジャパン副会長の石田さんにも、そのとき電話でお願いしましたが、明確な返答をいただけませんでした。
その後、佐々木さんからも、石田さんからもこの件に関しては、全く連絡がありませんでした。
そこで、ぼくはスローフード・インターナショナル事務局長のパオロ・クローチェさんに直接連絡を取りました。
すると、作品を観たいのですぐに送ってくれ、との要請があり、6月1日、パオロさんと、英語が苦手なペトリーニ会長にはイタリア語版の作品を、Fedexで発送しました。
あとでわかったことですが、作品を観たパオロさんが、国際会議での上映を決めました。ただし、会議が行われるアラブ式の中庭には上映設備がなく明るいので、屋内で開かれる昼食の時に上映することになったそうです(パオロさんの秘書シモーナさんの話)。

ラバト現地で、パオロさんと佐々木さんとの間に実際にどんな遣り取りがあったのか、ぼくは知りません。しかし、パオロさんはこの作品を事前に観て、インターナショナル事務局として会議で上映する価値がある、と判断しました。上映が実現したのは、彼が、地震・津波と原子力発電所の爆発に被災した日本からのメッセージを紹介することに、意味を認めたからです。パオロさんは、けっして好意や同情で上映を決めたわけではないと思います。

6月6日の夕刻、佐々木さんにお会いし、この作品をパオロさんとペトリーニ会長に直接送った事を伝えました。そして、作品のコピーを渡し、SF気仙沼の菅原さんを訪ねたときにぼくが購入した日本酒『蒼天伝』を一本、ペトリーニ会長に直接届けてくださるようお願いしました。(なかに、ぼくからペトリーニ会長へ宛てたカードを入れておきました)
じつは、この作品の上映に協力してくださったのは、SFすぎなみのメンバーで、スローフード食科学大学日本事務所の原さんでした。ぼくや原さんと、パオロさんの秘書シモーナさん、ペトリーニ会長の秘書ラウラさんとのmail、電話での度重なる遣り取りを、佐々木さんはご存じないようです。

この作品を、ある国際的な映画祭で上映する計画もあります。そのような作品が、スローフード・インターナショナルの国際会議で上映された経緯を、誤解なく理解していただくために、あえて補足説明をしました。
作品の日本語版『二つの悲劇 ─東日本大震災とスローフード運動』(英語版原題/From a country Struck by Twin tragedies…/DVD20分)も、ほぼ完成しました。
皆さんにもご覧いただく機会があるかと思います。

現地ラバトでは、佐々木さん・石田さんに御協力をいただき、感謝しています。

追記:

短編ドキュメンタリー映画『二つの悲劇 ─東日本大震災とスローフード運動』は、その後、「山形国際ドキュメンタリー映画祭2011」への全世界からの応募作品約1,800本の中から選ばれ(約240本が選定)、昨年10月7日に山形市で上映されました。また、今年1月12日・13日には17年前阪神・淡路大震災で被災した神戸市で上映され、3月10日には東京で上映されます。そして、その後も全国各地で上映される計画です。しかし、残念なことですが、上記経緯によりこの作品のタイトル・ロールに、スローフードジャパンの名はクレジットされていません。

東日本大震災 支援⑥
スローフード気仙沼への支援金

投稿日 2011年05月05日

5月3日、スローフードジャパン副会長の佐々木俊弥さん(スローフードすぎなみTOKYO代表)は、宮城県気仙沼市を訪れ、スローフードジャパン・東京/神奈川ブロックが募ったスローフード気仙沼への支援金を、理事長の菅原昭彦さんに直接手渡しました。

この支援金は<顔が見える相手に、直接支援>を訴え、震災直後の3月14日にスローフードジャパン・東京/神奈川ブロックが呼びかけたものです。
(参照→http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/03/1361/

その結果、5月2日までに、全国各地のスローフードメンバーやその知り合い、このwebサイトの閲覧者、スローフードすぎなみTOKYOと交流があるスローフードベルリン、東京・新宿の居酒屋「あいうえお」などから合計940,997円が寄せられました。また、4月13日に日本料理のチャリティー・ビュッフェを開いたスローフードベルリンからは、参加者がスローフード気仙沼のメンバーにメーセージを書き込んだノートも届きました。左の写真は、そのノートに見入る菅原さんです。(参照→http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/04/1489/
菅原さんのご家族は全員無事でしたが、スローフード気仙沼のメンバーの方が1人亡くなりました。また、菅原さんが営む男山本店という日本酒の酒蔵では、数人の方が亡くなり、家を失った社員も何人かいます。「ここ気仙沼では、生きている人が100人いると、300のドラマがあるんです」と、菅原さん。

菅原さんはこう語ります。「漁業の町・気仙沼では、漁業生産者への直接的な支援は難しいでしょう。今後求められるのは、つながりを絶やさない継続的な支援です。今回の震災は、地域社会を大きく変えます。スローフードにできることは、その変化のなかで、この土地で培われたきた伝統や漁村文化を継承してゆくことです。私の友人は、『いままで、おれたちは海から色々な恵みを受けてきた。今回の津波で、おれたちはそれをいったん海に返したんだ』と、言っています」
5月4日午後4時現在、気仙沼市で死亡が確認された人は913人。行方不明者663人。全壊した家8,383戸。半壊した家1,861戸。人口約73,000人のうち4,930人が、市内51の施設で避難生活を送っています(宮城県調べ)。

市内中心部の、巨大な力で引き裂かれた人間の暮らしを見て、佐々木さんに同行したスローフードすぎなみTOKYOのメンバーは、ただ立ち尽くすだけでした。

しかし、復興の歩みはすでに始まり、菅原さんはその一端を担っています。港に面していた男山本店の事務所は昭和初期の建築で、国の登録有形文化財に指定されていました。事務所は、1・2階部分が消滅。3階がそのまま地上に落ちてしまいました(写真下)。地盤沈下のため、満潮時には前の道路が冠水します。酒蔵にも、門の数メートル手前まで海水が押し寄せましたが、幸いにも津波の被害は免れました。そして、昨年11月に仕込んだタンク2本が無傷で、なかから「もろみ」が呼吸する音が聞こえたそうです。復興を望む被災者の声に押された菅原さんは、その「もろみ」で新酒造りを決意し、3月28日に銘酒「蒼天伝(そうてんでん)」を絞り終えました。菅原さんの新酒造りはテレビで伝えられ、報道された新聞や雑誌の記事や、励ましのメールが新たな事務所に貼られています。

           ↑ 震災を乗り超えて生まれた、気仙沼・男山本店の「蒼天伝」

東日本大震災 支援⑤
高円寺・被災地応援マルシェ(市場)

投稿日 2011年05月04日

スローフードすぎなみTOKYOは、4月30日/5月1日の二日間、
福島原発災害の風評被害に遭っている生産者の方たちを支援するため、
<被災地応援マルシェ(市場)>を、JR高円寺駅南口広場で開きました。

このイベントのきっかけとなったのは、昨年、宮崎県で広がった口蹄疫への支援イベントを、スローフードすぎなみTOKYOと一緒に行った大学生グループの一人、神野政史(東京農大3年)さんの想いです。(参照→http://www.slowfood-suginami.com/forum/agri/2010/07/790/

 

実家が、福島第一原発から避難を強いられる計画的避難地域・川俣町の一部にある神野さんは、放射能汚染の風評被害を受けている多くの地域の生産者に、何かアクションを起こせないか、と思いました。その想いに応え、スローフードすぎなみは4月30日/5月1日に開かれる<第3回高円寺びっくり大道芸2011>で、風評被害を受けている地域の方たちに、生産物を販売する場を、自分たちの力でささやかながら作ろう、と考えたのです。スローフードすぎなみTOKYOの呼びかけに応えてくださったのは、スローフード福島、スローフード茨城(写真右上・サブリーダーの中川純一さん)、農家の若い世代の就農を目指すレストラン・東京/六本木の「六本木農園」(写真右下・弥生一葉さん)、福島県の「JAしらかわ」など。

スローフードすぎなみは、前回の「座の市」に引き続き、スローフード福島メンバーである斉藤保行さんのキュウリ、同じく福島のメンバーである人気酒造の日本酒・リキュール・「食べる酒粕」などを販売し、スローフード茨城は、レタスなどの生鮮野菜のほかに、小鯛やカレイなどの魚介類も持ち込みました。また、六本木農園の生産者グループは、鈴木農園の「ジャンボなめこ」、内山さんのサツマイモ、堀米農園のウド、田中さんのnippa米、若手生産者グループ「農援隊」のコメ・アスパラなどを網羅。JAしらかわは、コメ・餅・イチゴ・野菜などを売りました。

今回、販売の中心になったのは、スローフードすぎなみのメンバーや、その知人・友人の女性たちです。彼女たちが担当する斉藤さんのキュウリ、人気酒造の日本酒などは次々に完売し、日本酒は追加注文を出しました。手伝ってくださった女性のなかに、実家と田が津波で被災し、さらに福島第一原発の警戒区域に指定され、故郷に立ち入ることができない浪江町の方もいらっしゃいました。                                          「風評」は姿や顔・形が見えない場所から、想像力で生まれます。2日間、呼びかけ、売り続けた女性たちのエネルギーは、その被害を風のように吹き飛ばしたのかもしれません。         そして、浪江町の方にいただいた、津波に侵される前に穫れた「最後の玄米」の味わいに、言葉を失ってしまいました・・・・・・。

東日本大震災(東北関東大震災・東北太平洋沖地震) 支援④
スローフード沖縄・奄美からのたより

投稿日 2011年04月22日

 

4月20日、スローフード沖縄・奄美が主宰するNPO法人「食の風」は、             震災被災者を支援する『沖縄でニッポンを復興させる会』を設立し、       沖縄本島・中部の宜野座村(ぎのざそん)に、                           福島第一原発事故の被害者など15家族受け入ることを発表しました。

この日、スローフード沖縄・奄美会長の田崎聡さんは、設立5団体の代表者とともに、沖縄県庁で記者会見を開催。会の設立と、宜野座村(ぎのざそん)による15家族受け入れが、新聞各社・テレビ各局で報道されました。→  Okinawa Zinoza 01 4月9日正午現在、沖縄在住の震災避難者は887人(朝日新聞調べ)。しかし、その多くは沖縄出身者や個人的な関係による避難で、自治体と民間団体が行う組織的な受け入れは、沖縄県では初めてです。避難者の住居費は、1年間無料(光熱費別)、那覇への航空運賃も無料(暫定5月末まで)。受け入れ農家での農作業のほか、休耕農地での耕作が可能です。

受け入れ先となる宜野座村は、那覇空港から沖縄自動車道経由で約1時間半。人口約5,500人の沖縄本島中部に位置する村です。阪神タイガーズのキャンプ地として知られ、また、漢那ダムをはじめ5つのダムがある沖縄の水瓶です。昨年3月、「有機の里」宣言をした宜野座村は、環境保全型農業を地域ぐるみで目指しています。したがって、環境保全型農業を目指す方たちにとって、うれしい場所です。

宜野座村エコ野菜研究会の志良堂貢さん(写真下・左)は、10年前から化学肥料を一切使わず独自の肥料を開発し、無農薬で野菜を栽培するために、在来種のクモやカエルを使って害虫の駆除をしています。「宜野座で、マッチョンドー(宜野座で、待ってるよ)」と、志良堂さん。また、3年前に農業研修で宜野座村に来た菅野里志さん(写真下・右)は、福島県出身。研修終了後、宜野座村に移住してイチゴなどを栽培しています。菅野さんは、JAの支援体制や行政のバックアップがしっかりしていて、移住を決意したそうです。スローフード沖縄・奄美の田崎さんは、「被災地と沖縄との交流を通して、第一次産業から復興につなげてゆきたい」と、語ります。

 

 

                       (↑ 宜野座村を描いた絵)

↓ 『沖縄でニッポンを復興させる会』(設立趣意書)                              Okinawa Ginoza 03 

               

また、4月17日、那覇市久茂地のフレンチ・レストラン「メゾン・ド・フジイ」は、震災復興へ向けたチャリティー・ディナーを開き、売り上げを、スローフード沖縄・奄美を通してスローフード気仙沼の支援に寄付してくださいました。

 

追記:

この発表のあと、5月6日から10日まで、スローフード沖縄/奄美の田崎会長は原発からの避難所を訪れました。福島県双葉町の方たちが避難していた埼玉県加須市、おもに大熊町の方たちが避難していた福島県会津若松市、おもに富岡町と川内村の方たちが避難していた郡山市で、田崎会長はそれぞれの行政担当者へ被災家族の受け入れを説明しました。また、地元テレビ局や新聞などの取材も受け、原発災害に対するスローフードの対応のひとつを地域のメディアに示したのです。申込期限の5月末までに正式に移住を決めた家族はありませんでしたが、この受け入れ計画はいま「宜野座エコビレッジ構想」として発展し、継承されています。(→ginoza_120111

東日本大震災(東北関東大震災・東北太平洋沖地震) 支援③
スローフードベルリンからのたより

投稿日 2011年04月17日

 

4月13日、ドイツ・スローフードベルリンの料理研究グループは、         スローフードジャパン・東京/神奈川ブロックが「緊急アッピール」で訴えた<顔が見える相手への支援>に応え、                                           スローフード気仙沼を支援するため、                                日本料理のチャリティー・ビュッフェを開きました。

(参照:緊急アッピール→http://www.slowfood-suginami.com/forum/etc/2011/03/1361/

 ( ↑ 日本の被災状況を説明する、河野章子さん)

午後7時から、ベルリン中央駅のレストラン“ディークマンズ・アウスターンバー”で開かれた日本食のビュッフェには、約60人が集まりました。このイベントを呼びかけたのは、スローフードベルリンのメンバー河野直登・章子夫妻。日本料理の料理人の直登さんと料理研究家の章子さんは、20年以上ベルリンに住んでいます。そして、その二人を、スローフードベルリンのメンバーがサポートしました。

二人が中心になって作ったのは、かけ蕎麦(右上)、マグロのぬたソースかけ(右中)、わかめサラダ(右下)、うら巻き寿司(左下・上)、エビの春雨揚げ(左下・下)など、13種類の日本料理。河野さんたちスローフードベルリンのメンバーは、ほぼ毎月一回集まり、テーマを決めて料理を作っています。そのため、チームワークは抜群だそうです。日本のビュッフェ・パーティの味わいが、河野さん夫妻とベルリンのメンバーの手により、次々にベルリンで再現されました。

このチャリティー・ビュッフェで、集められたスローフード気仙沼への義援金は、約5000ユーロ(約55万円)です。また、参加者は、気仙沼の人たちへのメッセージを、ノートに書き込みました。これらのお金とノートは、スローフードジャパン・東京/神奈川ブロックが集めた義援金とともに、スローフード気仙沼の菅原理事長に直接手渡されます。被災者の方たちへの絆は、河野さんやスローフードベルリンの仲間たちから、日本のスローフードという<輪>を通して、気仙沼へつながってゆきます。

河野さんからのメッセージ             「今のベルリンの代表者、イエーガーさんも、これまでスローフードドイツにおいて、このように素晴らしいチャリティーは初めてだ、と感銘していました。これも、私の友達がみんなで協力をしてくれたおかげです。これを通じて、デモに参加をしたり、おいしい食べ物を探したりするだけではなく、募金をしたり、人と人とのつながりを作るスローフードに発展していってくれれば、私はうれしいです。

イエーガーさんいわく、新たな第一歩、です。私は外国人ですが、皆さんにとても良くして頂き、みんなの中に溶け込んでいます。人は外見、職業、年齢、出身、性別、個性を全く関係なしに、ひとつのもので結ばれるものです。

私は本当はくよくよ悩む性格なので、自分で前向きに、そしてポジティブな考えで物事をすることにしています。日本の被災者の方も、ご苦労がたくさんありますが、自分で自分を苦しめず、良い方向に向かって歩いて欲しいです。                            河野章子」

 

                                                                                                  Photo by Ulrich Greiner

Spender Name (募金をした人の名簿)

Shoko Kono / Naoto Kono / Henner Senf / Anke Lüdeling / Thomas Marek /Ulrich Greiner / Eckhard Kröger / Simone Zorr / Christian Zorr / Mario Gaideck / Silvia Gaideck / Bernd Schoppe / Jürgen Eifler / Michael Geier / Uwe Schmelter / Susanne Metz / Gabriele Hauptvogel / Reinhardt Knoop / Solitaire Hotel / Ulrich Rosenbaum / Rudolf Enste / Volkmar Dittberner / Jörg Kleuver / Stephan Thome / Thomas Nagel / Annette-Susanne Voigt / Klaus Stamner / Annette Sand-Greiner / Christina Greiner / Ulrike Rösler / Stefan Altekamp / Heidrun Wangnick / Siegfried Wangnick / Daniela Gogel-Schasler / Stefan Abtmeyer / Barbara Fischer / Alexandras Jussios / Giesela Scholtyssek / Wolfgang Scholtyssek / Lars Jäger / Joachim Sawitzki / Katrin Giersig / Junko Salzmann-Kawashima / Wolfgang Gandeck / Heike Wolf / Kai-Uwe Wolf / Horst Meier/ReinhardBarnsdorf

↓ Slow Food Berlin のこれまでの活動                             http://www.slowfood-suginami.com/forum/foods/2011/02/1286/         http://www.slowfood-suginami.com/forum/foods/2010/10/1142/       http://www.slowfood-suginami.com/overseas/2010/08/947/

東日本大震災(東北関東大震災・東北太平洋沖地震) 支援②
チャリティー in 「座の市」

投稿日 2011年04月17日

4月16日、放射能汚染の風評被害を受ける福島県産のキュウリを、        スローフードすぎなみTOKYOは、劇場「座・高円寺」と共催して開く「座の市」で、販売しました。

販売したのは、スローフード福島のメンバー・斉藤保行さんがハウス栽培したキュウリです。斉藤さんのキュウリは、蕎麦カスなどを中心とした肥料や、昆布粉・トウモロコシの油カスなどを使った高級品。おもに、東京の有名デパートなどで売られていました。ところが、福島第一原発の事故により、福島県の農産物に放射能汚染の風評が広まりました。斉藤さんのキュウリは、「無添加食品販売協同組合安全センター」の調査で、安全面で問題がない、との結果が出ているにもかかわらず、販路を失いました。そこで、スローフード福島が支援を呼びかけたのです。

特定の商品などを買わず、社会的な抗議や主張を表す不買運動(ボイコット)は古くから知られています。しかし、最近、それとは発想を逆にした、フェアトレードなど、特定の商品を買って生産者やコミュニティーを支えるバイコット(BUYCOTT)の運動が盛んになっています。「味の箱舟」「プレシディオ」にみられるように、このバイコットは、スローフード運動を支える考え方のひとつです。二箱送られてきた斉藤さんのキュウリは、すぐに売り切れてしまいました。

「座の市」は、スローフードすぎなみTOKYOが、杉並区立の劇場「座・高円寺」や地元の商店街などと、昨年9月から始めた定期市場です。毎月一回、第3土曜日に「座・高円寺」のエントランス広場で開かれます。スローフードすぎなみTOKYOの呼びかけに応じ、スローフード福島・スローフード長崎・スローフード秦野が、出品しています。スローフード秦野からは、毎回、パン工房「レ・ルルド」の神保さんが来てくださり、早くも「座の市」の名物になりつつあります。また、スローフード長崎がいつも出品する「エタリの塩辛」(写真上・右)は、日本で初めて「味の箱舟」(アルカ)に登録された食品のひとつ。その「味の箱舟」を東京で買える場所が、この「座の市」です。また、今回スローフード福島は、斉藤さんのキュウリのほかに、「人気酒造」の<食べる酒粕><手造り味噌>(写真上・左)などを出品しました。遠方のコンビビウムからの出品は、スローフードすぎなみTOKYOが、委託販売をしています。

高円寺「座の市」は、杉並第4小学校の「味覚教育」とともに、スローフードすぎなみTOKYOの活動を支えるプロジェクトのひとつです。

なお、スローフードすぎなみTOKYOは、4月30日~5月1日に開かれる「高円寺びっくり大道芸2011」の復興支援チャリティーマーケットで、スローフード福島・スローフード茨城の協力を得て、風評被害に遭っている農産物を販売する予定です。

東日本大震災(東北関東大震災・東北太平洋沖地震) 支援①
スローフード秦野からのたより

投稿日 2011年04月17日

スローフード秦野のメンバー「石(いし)庄庵」の主人・石井貞男さんは、         4月6日、福島市内の避難所・福島商業高校で蕎麦を打ち、              被災者や支援者の方たちに提供しました。

石井さんと<石庄そばの会>の人たち12人が秦野を出発したのは、前日の午後9時。6日の午前3時半頃、東北自動車道最寄りのインターで仮眠し、午前8時頃、福島原発半径20キロメートルの住民約120名が避難していた福島商業高校の体育館に着きました。福島商業高校の避難所を選んだのは、「石庄庵」のお客さんに、福島商業OB会の方がいらっしゃって、学校と連絡を取ってくださったからだそうです。蕎麦粉25kg、70リットルの寸胴鍋数個、水、プロパンガスなど、蕎麦を作るために必要な材料・機材・調理器具は、すべて秦野から運びました。

石井さんは、昼食に合わせて200食の蕎麦を打ち、被災者の方たちだけではなく、警察・ボランティア・学校の教職員など、支援に当たっている方たち全員に、蕎麦を食べていただきました。また、同行した会員に整体師の方がいて、被災者の方たちの身体をほぐしたそうです。

「最初は遠巻きにしていた子供たちが、途中から体に触ってくるようになりました。大人たちは次の避難場所を選ぶのに忙しく(福島商業の避難所は、学校の授業が始まるために8日に閉鎖されました)、子供たちに相当ストレスがたまっているようでした」と、石井さん。石井さんは、避難所の人たちが、カップラーメンを食べているテレビの映像を見て、<自分にできること>を考えました。「それは、これからも自分が蕎麦屋をやってゆくために、必要なことでもあったのです」

美味しい料理は、食べる人に元気と希望を与えます。                           それは、スローフードの理念のひとつです。

福島県産の「きゅうり」はいかがですか?

投稿日 2011年04月13日

スローフード福島事務局長の遊佐さん(人気酒造)からの呼びかけを転載します。

ぜひ、風評被害で困っている農家を消費者から支援しましょう。

義捐金をお送りいただくのもとても貴重ですが、誇りをもって産品をつくっている人のモノを風評から守り、買い支えていくことが、また大きな支援になりますので。

4/16(土)開催の「座の市」でもきゅうりを販売いたします。

宜しくお願いいたします!

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今、福島では深刻な風評被害で困っている農家がたくさんあります。

まだ、今は季節柄多くの野菜がある時期ではありませんが、これから旬を迎えるきゅうり農家が大変です。市場に出しても通常の半値以下の取引になってしまいます。

福島では葉物野菜は出荷規制があり、その場合、保障があります。

ですが、きゅうりのように規制値に問題ないものは、風評被害でこのような状況になってしまうのです。

●スローフード福島会員の斎藤保行さんのきゅうり●

斎藤さんのきゅうりは、そばかすを中心に基本の施肥をして、昆布粉を入れ、トウモロコシの油粕でトッピングしたという高級胡瓜です。

人間も美味しいものを食べないと元気が出ませんが、野菜も美味しい食べ物を食べさせようと、がんばって作っています。

ですので、ヘタまで捨てずに食べられるのが特長です。

福島県持続性の高い農業生産方式導入計画認定証を胡瓜で最初に受けたのも斎藤さんです。

デパ地下でこの価格の倍以上で売られているのですが、今年は風評被害ですべてキャンセル。ということで、ぜひこの機会に福島の胡瓜を食べてみませんか?

気になる放射性物質は(ハウスですので問題ないのですが)無添加食品販売協同組合検査センターでの検査結果によると、セシウム134が11Bq/kg、セシウム137が検出せず、ヨウ素131が検出せず、でした。

セシウムは検出限界が10Bq/kgですので、ほとんど誤差のような数字ですので、安心して食べられます。

 

■価格 1箱50本 1,890円税込(5月1日より暖房費が安くなりますので1,785円になります)

■送料(1箱~3箱まで)北海道840円、北東北525円、南東北・関東420円、中部630円、関西735円、中国945円、四国1050円、九州1155円、沖縄1260円

■ご注文方法 直接、斎藤保行さんに、「スローフードの紹介で」とメール又はFAXでお願いします。

sai10@cocoa.ocn.ne.jp

TEL/FAX 024-535-3887

960-8201福島県福島市岡島字竹林23

■お支払い方法 商品といっしょに郵便局の振り込み用紙をお送りしますので、速やかにお振込ください。

東日本大震災(東北関東大震災・東北太平洋沖地震)                                         スローフードジャパン・東京宣言

投稿日 2011年04月10日

スローフードジャパンは昨日(4月9日)理事会を、東京・代官山の「イータリー」で開き、佐々木副会長(スローフードすぎなみTOKYO・代表)が、今回の大震災に関するメッセージを発表しました。

スローフードジャパン 東京宣言

人類の歴史は自然の脅威を克服する過程でもある。
日本人は森林と温暖湿潤な気候に恵まれ、水を活かし水に活かされる食文化を築きながら暮らしてきた。
そこから、自然との調和・共生を目指す生活体系を築いてきた。
しかし自然は、時に荒ぶる姿で私たちを襲い、自然との共生は自然の脅威との共生でもあることを今回の地震・津波災害は改めて私たちに突きつけた。
一方で原子力発電所の事故が起こり、私たちの文明と科学の脆さを思い知らされることとなった。
日本人において“食べる”という言葉は“生きること”と同じ意味で語られてきた。
日本のスローフードは、今回の震災で犠牲となった方々に深い哀悼の意を示し、被災者が早く日常の生活に戻れるよう支援を続ける。
そして、地方にある発電所が都会に電力を供給し、また地方が都会に食料を供給するという関係性を見直し、持続可能な社会システム再生に向け、力を合わせ行動していく。

2011年4月9日        スローフードジャパン理事会一同

 

↑理事会後の「あつまり」

スローフード・インターナショナルが、支援の募金を始めました                                           東日本大震災(東北関東大震災・東北太平洋沖地震)

投稿日 2011年03月18日

スローフード国際本部は、3月16日、Sloe web で、東日本大震災(東北関東大震災・東北太平洋沖地震)の被害を受けたスローフードジャパンを支援するために、募金を開始しました。

http://www.slowfood.com/donate/pagine/eng/progetti.lasso?-idp=045

以下、日本語訳です。(訳/掛川正幸)

日本の緊急事態

 日本の人々は、国土を襲った、最も大きく最も破壊的な国家的災害に直面している。リヒタースケールで8.9と表示される巨大な地震、続いて起きた波の高さが10メートルを超える破壊的な津波が、北東日本の全域を破壊した。数字は悲劇的だ。1万人近くの人が命を落とし、50万人が避難した。スローフードジャパンは、直接影響を受けた街を含め、全国的に多くのコンビビウムが活動し、ひとつのプレシディオ、25の「味の箱舟」を登録している。

スローフードジャパン副会長の石田雅芳は、地震の当日にメールを送ってきた。
「私たちは、犠牲者の情報や、巻き添えになった国内のスローフードネットワークの運命を、知りえません。しかし、この国家的な災害は、仙台のように、街やコミュニティー全体の生活に衝撃を与えます。津波によってさらに打撃を受けた仙台には、スローフードのオフィスがあります。現在、国内の北東地域のメンバーに連絡を取るのが非常に難しくなっています。しかし、私たちは気仙沼が巨大な波に襲われ、八戸ほかスローフードのコンビビウムがある市も、深刻な被害を受けている事を知ってます」

 また、石田は、引き続き起きた原子力発電所の不気味な脅威について語る。
「原子力発電所の中の爆発は、地震と余震で深刻な被害を受けた施設に、さらなる警戒を引き起こしました。新しい情報によれば、汚染は短・中期的な住民への健康被害だけではなく、荒廃と日本の食料生産に長期的な被害をもたらすかもしれません。地面の放射能は、何百年も残ります。農業は疲弊し、スローフードの「味の箱舟」のように質の高い生産物は、完全に消滅するでしょう」と、石田は断定する。

世界的なスローフード運動は、日本の協会に哀悼の意を表し、連帯の手を差し伸べる。この基金を通して、私たちは、日本のネットワークが復旧・再建に取り組む間、手助けをしたい。スローフードジャパンは、基金の設立が必要な最も深刻で差し迫った状況であることを、後に確認するだろう。

(*石田さんの言葉は、英文からの翻訳で、原文とは異なる場合があります)

また、スローフードジャパンも募金活動を開始しました。http://www.slowfoodjapan.net/blog/2011/03/17/1099/

日本の歴史に、忘れがたい記憶を刻んだ日から、今日で一週間たちます。家族や友人を失い、築き上げてきた生活を失った人たちに、心からお見舞い申し上げます。でも、けして、一人ではありません。いまは、ただ、元気を出して、頑張って下さい!と、しか言えませんが、こちらの動画をご覧ください。blog’11.03.16-movie  

カルロ・ペトリーニ会長からのメッセージ

投稿日 2011年03月16日

親愛なるコンヴィヴィウムリーダーと、テッラ・マードレ・コミュニティ、日本の友人たちへ

皆様を襲った劇的な災害を、大きな懸念とともに見守っているところです。
私たちが常に近くにいると思ってください。
世界のコンヴィヴィウム、テッラ・マードレのネットワーク、スローフード運動すべてが、いつも皆様と一緒にいることを覚えておいてください。皆様は誇り高い強い国民であり、復興する力を十分持っていることを私たちは知っています。
皆様を独りにしないようにしたいと思います。
いずれ私たちに何ができるかが分かったならば、私たちのネットワークを使って、団結して具体的な支援をできるようにしたいと思っています。
ですから安心していただければと思います。スローフードとテッラ・マードレの友人たちは、一つの民族のようなものです。
そこには国境もなければ障壁もありません。
兄弟たちが手を取り合って、助け合う準備ができています。

親愛の心を込めて

国際スローフード協会会長
カルロ・ペトリーニ(石田雅芳訳)

緊急アッピール!!                                      東日本大震災(東北関東大震災/東北地方太平洋沖地震)

投稿日 2011年03月14日

                                                                                            photo by asahi.com 

支援金の募集を始めます !!

すでにご存じのように、日本の歴史に未曾有の災害が刻まれました。

 被災者・犠牲者の方に、心からお見舞い申し上げます。

この「東日本大震災」(東北関東大震災/東北地方太平洋沖地震)の被災地には、スローフードジャパンに加盟する以下の6つのコンビビウムがあります。
私が、3月14日午後4時45分現在、把握している状況は以下です。
 

・SF八戸 →SFよこはまのメンバーがSF八戸のメンバーと電話で接触、SF八戸のメンバーは全員無事の模様。

 ・SF岩手 →mixi によれば、メンバーは全員無事の模様。

・SF気仙沼 →理事長と直接連絡が取れず(*留守番電話)。その後、無事の情報が入るが、本人には確認が取れず(3月15日午前9時30分現在)。その後、3月15日午後3時15分、友人の方が、本人が家族とともに無事であることを、関係者の方に再確認した、との情報が入りました。

・SF宮城 →前SFジャパン事務局長(仙台在住)と直接連絡が取れず(*留守番電話)。SF帯広のメンバーがSF宮城の事務局長と電話で接触、SF宮城のメンバーの安否は不明。その後、前ジャパン事務局長から mail あり。

・SF福島 →SFすぎなみとSF TokyoBayのメンバーが、事務局長と電話で接触。メンバーは全員無事の模様(私への mail )。

・SF茨城 →理事長と連絡が取れず。

 
以上のコンビビウムには、いずれも被災されたメンバーがいらっしゃるかもしれません。
しかし、現段階での状況と報道などの情報を合わせると、SF気仙沼のメンバーの方たちがもっとも多く被災されていると判断せざるをえません。
 
私たちは、励ましの言葉だけではなく、ささやかであっても、いま、自分たちに何ができるか? を考えました。
スローフードジャパン・東京/神奈川ブロックは、参加コンビビウムの同意により、まず、SF気仙沼への支援金の募集を、下記の通り行います。
国や県・赤十字などの公的機関に寄付することにも意味はありますが、スローフードの理念から考えると、顔の見える相手に直接支援をすべきだと考えたからです。
SF気仙沼のメンバーとは、2月19日に八戸で開かれた全国大会でお会いしたばかりでした。
みなさん、ご協力お願いします。
 
今回の災害は、私たちの日々の暮らしが、自然の恵み=食べ物だけではなく、自然の<脅威>とともに営まれていることを、示しています。本来日本には、自然と共生する<知恵>がありました。その知恵こそ、スローフードの思想と結びつくものです。その知恵が、被災者の方たちの新たな暮らし作りに、役立って欲しいと思います。 
スローフードとは、私たちみんなの言葉です。
 
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 『がんばれ! SF気仙沼』 募金
 
①金額
 一口¥3,000円
 (少額でも、何口でも結構です)
 
②振り込み方法
   所属コンビビウム名・氏名に加え、「支援」と明記。
      ↓
 例: すぎなみ 山田太郎 支援
 
 
③振込先
セキュリティー上、下記までメールをください。
battex02@zap.att.ne.jp
 
元メンバーの方、メンバーのお知り合いの方でも結構です。
ご協力をお願いします。

 

↓2007年に気仙沼で開かれた、スローフードジャパン第4回大会と「スローフードフェスタ」。中央の写真が、SF気仙沼・菅原理事長

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みんな、元気だそう! 頑張ろう!

↓(ごめんなさい。埋め込み方がわからないので)

http://www.youtube.com/embed/IxUsgXCaVtc?rel=0