7/30(土)スローフードのあつまりに佐藤栄佐久前福島県知事と須藤陽子さん参加

投稿日 2011年07月24日

スローフードジャパン理事会に合わせ、全国の理事が集結します。

18時からは懇親会「あつまり」を開催。

スローフードに関心のある方ならどなたでも参加できます。

 「あつまり」では、佐藤栄佐久前福島県知事のミニ講演会を準備しています。

佐藤栄佐久さんは県民の安全を優先して原発推進に待ったをかけた知事として有名でしたが、福島を愛し、福島の食についても造詣が深い方です。http://eisaku-sato.jp/blg/

また、スローフード福島リーダーの須藤陽子さんが、福島から参加されます。http://youkosudou.blog.ocn.ne.jp/

(福島市内のすどう農園・須藤陽子さんと連絡取れました~原発被害と生産農家(3/19)http://ameblo.jp/toshi-shun/entry-10834631338.html)

 無農薬・無化学肥料で畑づくりをされてきたのに、こんなことで畑を使えなくなってしまった無念さはいかばかりか、と思います。

 現地の話を聞きながら、スローフードとして何ができるのかを皆で検討したいと思います。

 ////////////////////////////////////////

 ■スローフードの「あつまり」

 日時:2011年7月30日(土) 18:00~20:30

 場所:水道橋グランドホテル(東京都文京区本郷1-33-2 03-3816-2101)

   http://www.hatago.co.jp/access.htm

 料金:料理はビュッフェ、飲み放題付 おひとり様 5,500円(予定)

定員:先着50名(7/27締め切り)

申し込み:info@slow.or.jp または、山本(070-5407-0141)まで

 (以下、福島が地元の石田さんによる、佐藤栄佐久氏についてのコメント)

…………

私はジャコモと一緒に郡山まで会いに行ったことがあります。福島の産品に非常に詳しく、ご自身でもよく研究されていました。

相馬に残っていた浅草海苔のリサーチや、消えかかっていた福島の天津桃を公園に植えさせたり、皇族が愛した福島のまくわうりを農家を巡って探したり、福島の地域種ではなくとも、かつて親しまれていた福島の味を探求されていました。(石田雅芳)

補足説明:東北被災地取材DVDの上映

投稿日 2011年07月15日

 

6月11日、モロッコの首都ラバトで開かれたスローフード・インターナショナルの国際会議の席上、ぼくが製作・監督した短編ドキュメンタリー作品(英語) が、スローフード・インターナショナル事務局によって、上映されました。

その上映の経緯について、補足説明します。

5月15日、スローフードジャパン副会長で会議に出席する、SFすぎなみ代表の佐々木さんにお会いしたとき、この作品の国際会議での上映を、インターナショナル事務局に申し入れるようにお願いしました。しかし、佐々木さんからは、「無理でしょう」との返答でした。また、同じく会議に出席するSF秋田の会長でスローフードジャパン副会長の石田さんにも、そのとき電話でお願いしましたが、明確な返答をいただけませんでした。
その後、佐々木さんからも、石田さんからもこの件に関しては、全く連絡がありませんでした。
そこで、ぼくはスローフード・インターナショナル事務局長のパオロ・クローチェさんに直接連絡を取りました。
すると、作品を観たいのですぐに送ってくれ、との要請があり、6月1日、パオロさんと、英語が苦手なペトリーニ会長にはイタリア語版の作品を、Fedexで発送しました。
あとでわかったことですが、作品を観たパオロさんが、国際会議での上映を決めました。ただし、会議が行われるアラブ式の中庭には上映設備がなく明るいので、屋内で開かれる昼食の時に上映することになったそうです(パオロさんの秘書シモーナさんの話)。

ラバト現地で、パオロさんと佐々木さんとの間に実際にどんな遣り取りがあったのか、ぼくは知りません。しかし、パオロさんはこの作品を事前に観て、インターナショナル事務局として会議で上映する価値がある、と判断しました。上映が実現したのは、彼が、地震・津波と原子力発電所の爆発に被災した日本からのメッセージを紹介することに、意味を認めたからです。パオロさんは、けっして好意や同情で上映を決めたわけではないと思います。

6月6日の夕刻、佐々木さんにお会いし、この作品をパオロさんとペトリーニ会長に直接送った事を伝えました。そして、作品のコピーを渡し、SF気仙沼の菅原さんを訪ねたときにぼくが購入した日本酒『蒼天伝』を一本、ペトリーニ会長に直接届けてくださるようお願いしました。(なかに、ぼくからペトリーニ会長へ宛てたカードを入れておきました)
じつは、この作品の上映に協力してくださったのは、SFすぎなみのメンバーで、スローフード食科学大学日本事務所の原さんでした。ぼくや原さんと、パオロさんの秘書シモーナさん、ペトリーニ会長の秘書ラウラさんとのmail、電話での度重なる遣り取りを、佐々木さんはご存じないようです。

この作品を、ある国際的な映画祭で上映する計画もあります。そのような作品が、スローフード・インターナショナルの国際会議で上映された経緯を、誤解なく理解していただくために、あえて補足説明をしました。
作品の日本語版『二つの悲劇 ─東日本大震災とスローフード運動』(英語版原題/From a country Struck by Twin tragedies…/DVD20分)も、ほぼ完成しました。
皆さんにもご覧いただく機会があるかと思います。

現地ラバトでは、佐々木さん・石田さんに御協力をいただき、感謝しています。

追記:

短編ドキュメンタリー映画『二つの悲劇 ─東日本大震災とスローフード運動』は、その後、「山形国際ドキュメンタリー映画祭2011」への全世界からの応募作品約1,800本の中から選ばれ(約240本が選定)、昨年10月7日に山形市で上映されました。また、今年1月12日・13日には17年前阪神・淡路大震災で被災した神戸市で上映され、3月10日には東京で上映されます。そして、その後も全国各地で上映される計画です。しかし、残念なことですが、上記経緯によりこの作品のタイトル・ロールに、スローフードジャパンの名はクレジットされていません。

スローフード国際会議 in モロッコ(2011.6.11)-③ 東北被災地取材DVDの上映

投稿日 2011年07月12日

会議2日めの昼食時。
SFすぎなみのバッテンさんが製作したDVDを上映しました。

20分間ほどの長さで、スローフード国際事務局長のパオロ・ディ・クローチェ氏が、
「会議で流すのはとてもムリだね。でもせっかくだからなんとか流したらいいと思う。時間が取れるとしたら昼食のときだね。それも、メインディッシュを終えて、デザートのタイミングくらいからだろうか」
と、細かくタイミングを図ってくれて、スタッフのシモーナさんと石田さんと下準備をして、昼食に臨んだのでした。

4月に採択された、和紙に書いた「スローフードジャパン東京宣言」を丸めて持ってきてありました。

それを壁に貼り、石田さんが、宣言文の内容についてイタリア語で説明しました。

DVDの上映が始まると、みんな真剣に見て下さいました。

高円寺で行った「被災地応援マルシェ」の様子、スローフード福島・須藤さんや遊佐さん、田島さんへのインタビュー、スローフード沖縄・奄美の田崎さんらの福島農家受け入れ説明会、スローフードベルリンのチャリティ夕食会、スローフード気仙沼・菅原さんに義捐金を届けたときの様子等々が収録されています。

上映終了後、スローフード・ベルリンのラルスさんに謝意を述べみんなの前で握手をすると、大きな拍手が起こりました。

ラルスさんは、
「ああいうイベントは初めてだったけど100人以上の人が熱心に参加してくれた。お役に立てたのはほんとうに嬉しいです。DVD一枚もらえませんか? ネットにアップしたいのです」
というので、手持ちの一枚を渡しました。

国際理事でスローフードドイツ副会長のウルスラさんが、
「彼らの活動を誇りに思います。ネットにアップして皆が観られるようにしたいのだけど、可能ですか?」と言われます。

音楽の部分が著作権に引っかかる可能性があることをバッテンさんから聞いていたのでそこをお伝えしました。

最後にカルロ・ペトリーニ会長に気仙沼・男山本店のお酒「蒼天伝」を、
「津波を生き抜いたお酒です。長生きのしるし、とも言えるかも知れません」と言って手渡すと、再び拍手が上がりました。

昼食はこうして散会。
メキシコのラウル・ヘルナンデスさんが、力強く握手をしてくれました。

ラルスさんたちベルリンのメンバーは、来年、来日する予定です。
その前に何人かで下見に訪れるかも、と言われてました。

今度は東京でお会いできるのが楽しみです。

スローフード国際会議 in モロッコ(2011.6.11)-②

投稿日 2011年07月01日

現地時間の6/11、モロッコにおける国際ガバナー会議におきまして、スローフード協会会長のカルロ・ペトリーニ氏が巻頭スピーチを行いないました。
その内容を、石田雅芳さんがまとめてくれましたので、以下に掲載します。

//////////////////////////////////////////////////////////////

カルロ・ペトリーニ会長の挨拶
(2011.6.12 モロッコ・ラバト市にて)

スローフードの国際運動22年目にして、ガバナー会議が初めてアフリカ大陸で行われる運びとなりました。これは政策的、文化的意味合いを持っています。ここ4年間でアフリカの運動は飛躍的に進展しました。会員数やコンヴィヴィウム、活動も増えました。オーガナイズをしてくれたモロッコの方々に感謝いたします。オーガナイズに対して、そしてズビーダさんに。

福島支部のリーダーには、彼らに対する私たちの団結心を伝えたいと思います。これから長い期間に渡って、被害を受けるかもしれませんが、協会はこのような状況にあっても、いつでも私たちが側にいることを伝えたいと思います。

歴史的なイベントである2007年のプエブラ国際大会から、すでに皆様にお伝えしたように、2012年まで1年間開催をのばすことを考えています。この4年間でいろんなものが変わりました。運動は発展をとげました。テッラ・マードレという世界唯一のイベントが、協会に重大な刻印をしました。2004年は2つの重要な出来事がありました。テッラ・マードレと60人の学生を迎えての食科学大学の創立です。2007年の世界大会には食科学大学の学生も参観しました。新しい国際理事組織に、副会長として若い学生だったジョン・カリユキを迎えたのは勇気のいる選択でした。

2004年の第一回テッラ・マードレには、農業者、漁業者、職人などが、120カ国より集まりました。何か新しいものが生まれようとしていました。それは生物多様性や、持続性のある小さな産業を支える人々の尊厳など、人々に共通なテーマを掲げたネットワークでした。これがスローフードをまったく違うものにしました。

毎年のように新しい刺激が協会にやってきます。ポッレンツォへは50カ国の学生がやってくるようになりました。それは若者やテッラ・マードレによるネットワークに発展しました。ここでは大きなネットワークとコミュニティ意識が醸成されたのです。学生が皆さんの国で実習する時には、みなさんの情熱と歴史をぜひ伝えてやってください。実習は良きことを共有する精神を持った人々に支えられています。この実習はどんな科目よりも有効なものです。ホリスティック(総合的)で完全な視野をもたせ、学生は実習を通して成熟し、認識を新たにするのです。

テッラ・マードレは4回行われました。2010年の4回目にはトータルで6000ものコミュニティ、173カ国のネットワークに成長しました。人は「たった4日間で人生を変えられるか?」と問いますが、私はイエスと答えたいと思います。そして参加者した人々と世界がそう答えることでしょう。私が旅行先で聞くのは、アフリカや南アメリカで「テッラ・マードレが力を与えてくれた」という声です。アメリカやヨーロッパなどの豊かな国でも、テッラ・マードレは変化への自己啓発となっているのです。テッラ・マードレはビューロクラシーなしに帰属意識を生み、貴重な人間関係や友情を生みました。

プエブラは私たちにとってスタートでしかありませんでした。2007年から今日まで、まかれた種は成長しました。力をももったのです。この植物は主格を待っている状態なのです。

どのくらいの変化があったかを皆で認識しましょう。2007年には5−6万人だった会員数も、今や10万人です。700のコンヴィヴィウムは1500になりました。その活動はアフリカにも広がり、6—7コンヴィヴィウムから40カ国に広がる50以上のコンヴィヴィウムに増えたのです。これらはテッラ・マードレの子供たちと呼ぶことができるでしょう。アジアやラテンアメリカでもテッラ・マードレはコンヴィヴィウムを増やすのに貢献しました。テッラ・マードレによってスローフードはより確固としたものになり、テッラ・マードレはよりアナーキーなものに成長しました。

ここから2012年にかけて協会はもっと成長をとげるでしょう。より若い力を取り入れ、スローフードの政策面も、環境への責任ある政策、持続性、国際性、ガストロノミーの新しい概念、それは総合的な視野にたったもので、完全で、おいしい、きれい、ただしいを体現したものになるでしょう。「おいしい、きれい、ただしい」のモットーは、スローフードの外でも使われるようになりました。それもすべての言語で。

プエブラでは生まれたばかりの概念でしたが、いまやどこでも使われています。スローフードはこのスローガンなしには語られなくなりました。すべての食コミュニティでも使われています。今年3月にポッレンツォで承認されたように、国際大会は1年延期されます。でも2012年は情熱のほとばしるような一年になるでしょう。情熱がなければ皆さんもこの席に着いていないはずです。情熱と友情がスローフードのフムス(土壌)なのです。

来年は情熱的な年になるでしょう。スローフードはよりテッラ・マードレに近く、テッラ・マードレはよりスローフードに近づきます。あちこちから声が届き始めています。スローフードはエリート団体だとか、グルメ団体であるという人間がいるが、テッラ・マードレが私たちにこう言わせてくれるでしょう「そんなことはない!」と。

あらゆる人々の共通の価値として、食の喜びをすべての人が享受すべきです。イタリアやフランスの食が人類の遺産なのか?いや、世界のすべての食が私たちの遺産なのです。それはこの町のメディナで見たように、智慧と文化、味覚の結晶したものです。それをスローフード全体で認識しましょう。「食の権利をすべての人に」「食は人類の権利」食べれない人がいるなら、権利に背くこととして、彼のコミュニティが解決するべきです。

すべての生き物は食への権利をもっています。世界の憲法、法律、経済がこれに沿うように。食べれない子、食べさせられない母がなくなるように。これらのことを理解させるのは難しいことです。いまだ従来のガストロノミーにしがみついている人たちがいます。ワインの香りにつられて入会した者もいるだろう。(そのような人も維持すべきではありますが)、これが2007年ころの状況でした。

当初はテッラ・マードレに来ようとしない人がいました。このイベントの潜在力を理解しなかったからです。来年テッラ・マードレは5回目の開催となります。テッラ・マードレとスローフードの結婚とでもいいましょうか。

アリスウオーターが、パッチワークの比喩を使っていました。つまりコミュニティは1つ1つの布切れであり、スローフードはそれらを縫い合わせる糸であるという考え方です。色も材質も違ったいろんな布切れを準備しましょう。
テッラ・マードレに参加した食科学大学の18歳の学生が言った言葉です。この子はスローフードも何も知りませんでした。

「テッラ・マードレはスローフードのアイディアから生まれたもので、農民がたがやす土のようなもの。最初は大きな収穫は期待できないとしても、それは豊かな大地であり、成果や思想が少しずつやってくる。150カ国に40万人いる世界中のいろんな人と交流して、私はこう思います。みんなが自分自身でいてくれることに感謝。」

世界大会とテッラ・マードレ2012が同時開催され、大会の参加者は、テッラ・マードレの参加者でもあります。世界大会はテッラ・マードレのワークショップになります。すべては1つとなってテッラ・マードレの精神のもとに行われます。大会参加者は会員だけではなく、25%はテッラ・マードレからの非会員を含みます。彼らも物事を決定する権利を持ちますし、政策に関与します。テッラ・マードレの参加者にも開かれた大会であるべきです。スローフードがない国でも、一緒に大会で議論をしようではないですか。それによって新しいコンヴィヴィウムの創立を促したり、より深い根をはった新しい協会を目指しましょう。

スローフードは開かれた協会です。北極星のように輝きます。地域レベルでのアクションも進めます。1つはテッラ・マードレ・デーで、今年は3回目になります。いまや1200コンヴィヴィウム、16万人が参加しました。2つめは、モロッコやケニアで行われたような国や州レベルの地域テッラ・マードレです。3つめはUSAとヨーロッパ2つのテッラ・マードレです。

2013年7月1日から14年にかけて、ヨーロッパの農業政策は変わります。それは小生産者だけでなく私たち全員に関係します。27カ国にクロアチアも入るでしょう。EUの委員ジャン・チョロスも、珍しく黙ってこちらの話を聞いてくれた。EUの農業政策転換に賛同してくれました。もはやヨーロッパ27カ国にテッラ・マードレの参加者がいるのです。変えられます。テッラ・マードレをブリュクセルで開催しましょう。来年5月に小生産者と漁業者によるロビーで開催しましょう。ヨーロッパの政策を変えることで、アフリカの政策を変えましょう。アフリカで行われている食品ダンピングをやめさせましょう。

スローフードは糸です。縫い合わせる布は若者や音楽家、業業者などの社会を表現したもの。スローフードの会員でなくてはならない理由はありません。グリンピースだっていいのです。テッラ・マードレは全員に共通に存在します。スペインからの大きな参加を期待します。スローフードがなくてもテッラ・マードレがある場所から、コンヴィヴィウムがなくても農業者を連れてゆきましょう。スローフードはAustera Anarchia(訳注: コントロールされた無政府主義。スローフードは様々であり、やっている私たちも大勢である。でもそれぞれがスローフード精神に則って進めば、自ずと一つの意思となることができるという意味)です。バスクから、スペインから300人連れてきてください。ハンガリーもポーランドも、マルタ島も。イギリスもドイツも多様性を尊重しながら、それぞれの協会をつくってください。会員証を持っていなくとも、違う思想を持っていようと、すべての地域によって1つのモデルを表現しましょう。イデオロギーに閉じこもっていてはいけません。

2010年のテッラ・マードレに、アメリカのあらゆる州から参加があったことは喜ばしいことです。テッラ・マードレUSAは春に開催されます。地球全体を視野に入れたイベントにしていただきたい。とかく1年半の情熱が私たちをまっています。

アフリカに1000の菜園というのは、私たちのような小さな協会にとって、非常に多い数ではあります。ラッファエル・ペレツ(スイス代表)は似たようなプロジェクトはすでにいっぱいあるというのですが、そうは思いません。1000の菜園はケニアに200、モロッコに50、50カ国のうち20カ国に呼びかけます。それだけではなくアフリカから食科学大学に学生をよこすために、私たちがお金を調達します。彼らの勉強する権利を守りたいと思います。ここにいる皆に頼みたいと思います。それはほんの少しの貢献でも良いのです。ピエモンテの格言でこういうものがあります。「少しは少しだが、まったくないのは少なすぎ」1000の菜園について、全てのコンヴィヴィウム・リーダーに手紙を書かせていただきます。アフリカに1000も菜園を作るのは、私たちの協会だけです。ガストロノミーだけではなく、アフリカにたくさんの会員がいる協会です。菜園も運営している。私たちはそういう協会なのです。

河の中でいつまでも濡れている訳には行きません(ラッファレル・ペレツの比喩を使って)。後退か川の向こうの友愛へたどり着き、協会の意義へ向かうかです。そこは実務や規約書やビューロクラシー、お金の問題などでもめることのない場所にしたいものです。河の中で溺れて死なないように。ガストロノミーは人類の重要な一部をなすものです。世界をホリスティック(総合的)に認識するためのビジョンです。協会はJoyeuse (フランス語で喜びにあふれた)ものでなくてはなりません。会うのが楽しくなるような、それでいて確固とした信念をもったもの。協会で集まるときは、皆が大切に思えるような、楽しい友人たちに会うようなものであるべきです。現実と慎ましさと友愛をモットーとして、情熱こそが私たちの運動を他とは違うものにしてくれます。

私たちは食を楽しむためのシャツと、アフリカへの連帯という2つのシャツを着ようとしているのではありません。麻の快適なシャツを1枚来ようとしているだけなのです。

もう一つ大切なことがあります。ペトリーニもいよいよ退職するということです。会長も退職する権利があります。でもこの国際ガバナー会議は大切なものです。20カ国だけではなく、50、60カ国に参加国を増やしてゆきたいです。糸で布切れを縫い合わせましょう。

私が話すと音楽のように聞こえるらしくて、後ろの紳士は身動き一つしませんでした(うしろの昼寝スペースでいびきをかきながら寝ている男のこと)。

会場大拍手。会長スピーチ終わり